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Interview
SDGsの先駆者に訊く

Re:toucher 35
気に入った洋服は、
長く着てもらいたい。

株式会社テーラーバンク(岐阜県岐阜市)

代表取締役 永井 正継さん
インタビュアー Re:touchエグゼクティブプロデューサー 田中 信康
SDGsターゲット
  • 08 働きがいも経済成長も
  • 11 住み続けられるまちづくりを
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう
※このターゲットはRe:touch編集部の視点によるものです
ファッション産業の一大集積地として全国的に知られている岐阜市周辺。ファッションソリューションへと経営の舵を切ろうとしたアパレルメーカーのキンググロリーは、テーラードの直しができる技術者が少なくなっていることに気づく。そこで、100%出資のベンチャー企業として「テーラーバンク」を立ち上げ、スーツのサイズやデザインの直し、また、傷や汚れ、穴などを補修するメンテナンス、クリーニングサービスなどをワンストップで展開している。
このサービスモデルがめざしているのは、気に入った洋服を長く着てもらえるようにする「洋服のリノベーション」。古着のリサイクルに取り組むファッションブランドが増えるなか、古着をリサイクルするのではなく、古着にしないというこれまでにないアプローチがある。また、ハンディキャップをお持ちの方にも着やすい洋服にカスタマイズするユニバーサルデザインとしての可能性もあり、ファッション産業のSDGsやサステナビリティに一石を投じている。
今回は、当面はB to Bで力を蓄えてB to Cにも広げていきたいと語られる、テーラーバンク社長の永井正継さんにお話を聞いた。

テーラードの技術者が少なくなっている。

田中:テーラーバンクさんができて2年になるんですね。

永井:そうですね。

田中:WEBサイトから発信されている洋服のリノベーションってどういうことですか?

永井:お気に入りの洋服をサイズ直しやメンテナンスをして、ずっと着ていただけるようにしていこうというものです。

田中:そうすると、社名の由来はどういうところからですか?

永井:私たちの強みはテーラードの技術やノウハウだと思っていますので、まず、社名には何をやっている会社かわかるように「テーラー」を入れようと。また、銀行のように、テーラードのインフラサービスの全体像をつかめるような会社になりたいということで「バンク」にしました。

田中:岐阜にこのような会社さんがあるのを知りませんでした。では、テーラーバンクさんを立ち上げられた経緯からお話しください。

永井:テーラーバンクは、キンググロリーというアパレルメーカーが100%出資するベンチャー企業で、当初は、会社のなかでファッションソリューション、お客さまの課題を解決することを今後やっていこうということでスタートしました。ちょうど、今までの大量生産、大量消費、大量廃棄みたいなところから、受注生産のような少しずつものを廃棄しないような洋服づくりへとファッション産業が動きだしたタイミングでもありました。

田中:ファッション産業でもサステナビリティが始まった時期ですね。

永井:そこで、CADやCAMのようなIT技術を活用することで価格や納期への対応をしてきたんですが、実際に仕立て上がった洋服をお客さまに試着していただくと、ちょっとイメージと違うとか、もう少しウエストは細い方がいいとかご要望があるんですね。ただ、こういったことに積極的に対応しようとするところが少なくて、そうした要望に十分お応えできていないんです。

田中:社内的にそうした問題提起があったと。

永井:今は地域のそういった経験のある高齢者の方に直しをお願いしている場合が多いのですが、今後、需要が増えてくると、おそらく続かなくなってしまうだろうと。キャパシティ自体が落ちてきていますので、こうしたことにしっかりとお応えしていくには、組織化した体制を整えることが必要だと思いスタートしました

田中:ファッション産業には、テーラードの技術者不足という課題があるんですね。

永井:当初は、関連会社の縫製工場でやればいいという安易なアプローチで始めたんですが、工場で洋服を作っていく生産ラインの流れと、仕立て上がった洋服を再度ほどいてサイズに合わせて縫い直すといったことが、似て非なるものだということがわかりました。そういったことから既存の縫製工場ではなくて、専用の工場を構築して一からアプローチしようということで再スタートしたのが2年前です。

田中:当初は、キンググロリーさんの事業として始められたと。

永井:そうですね。事業部として立ち上げようと思ったんですが、洋服を作る事業とサービスを提供する事業では事業形態がだいぶ違うんですね。スピードも上がらないですし、採算ベースも異なりますので、100%子会社として独立をさせてもらいました。

田中:このようなサービスをされているところはあるんですか?

永井:ショッピングモールなどには直しのチェーン店さんがありますが、例えば、スーツのアームホールを外してここを詰めてというような直しは、スーツの構造やパターンを知っていないとできないんです。これができる本格的なテーラードの直しを専門でやっているところが少くなくて、そこに需要があるのではと考えました。

※CAD:コンピュータを用いて設計をすること、あるいはコンピュータによる設計支援ツール
※CAM:CADで作成された形状データを入力データとして、加工用のNCプログラム作成などの生産準備全般をコンピュータ上で行うためのシステム


テーラードの直しを、 ネットでオンデマンドに。

田中:そういったテーラードの直しを、ネット経由でオンデマンドにやっていこうと。

永井:そうですね。最初は直しから入ったんですが、結局、何をやろうとしてるかというと、洋服の販売後にも目を向けていきたいということなんです。これまでは洋服って作って売っていればよかった。でも、気に入った洋服があったら、できるだけ長く着てもらいたい。これからは、こういった考え方も大切なんじゃないかと

田中:だから、洋服のリノベーションなんですね。

永井:ファッション産業も、これからはLTV(Life Time Value=顧客生涯価値)を伸ばしていかないと、人口減少で着用点数が減っていくと、価格を上げるかリピート率を上げるしかない。やや、価格は上げにくい状況なので、リピート率を上げていくことと、顧客との接点を増やして長く利用していただくことが、やっぱり重要になってきますよね。

田中:ロイヤルカスタマーになっていただくと。

永井:洋服を販売したあとに、お客さまと接点を持ちながら大切に着てもらうサービスを、包括的にやっているところがまだないことに気がついたんですね。そこで、直しっていうところからスタートして、穴が開いたとか、色があせたとか、汚れがついたとか、そういったメンテナンスもワンストップでできるようにしようと。

田中:洋服の「かかりつけ医」みたい。

永井:そうすると、洋服をサイズ直したあとにクリーニングして、いい状態で置いておきたい。ワードローブがいっぱいなので、次のシーズンまで預かってほしい、自宅に配送してほしい。本当にいろいろな需要があって、直し屋さんもある、クリーニング屋さんもある、メンテナンス屋さんもあるにはあるんですが、全部が点で存在してるので、これらをワンストップのサービスでつないでいくと、LTVを伸ばしていける。企業のブランディングにもなる

田中:みんな心あたりがある悩みばかりです。

ジャケットのお直しオーダー画面とオーダー内容確認ページ

リサイクルではなく、 古着にしない。

永井:ファッション産業もSDGsに取り組む企業が増えてきて、じゃあオーガニック?とか、リサイクル素材?ってなってしまいますよね。それはそれで大切だとは思っているんですが、それ以外にできることがあるかもしれない。古着を回収して原料まで戻すにもエネルギーが必要で、そこから再生率が何%かに縮小されたものから洋服を再生するより、今ある洋服をもっと流用したり、アップサイクルしたり、もしくは2次流通に展開することが、この関連サービスで提供できるんじゃないかと期待しています。

田中:どうしても着られなくなった洋服は捨てるしかないと考えがちですが、古着をリサイクルするのではなく古着にしないという発想ですね。

永井:最近、洋服のウエストを直してほしいとかが徐々に増えてきています、着ないんだけど捨てられないっていわれるんですよ。

田中:それ、わかります。

永井:さらにリサイズだけじゃなくて、リフレッシュさせて、長く着てもらえるようにする。例えば、クリーニングでも普通のクリーニングだと臭いとか汗が取れていないことがあるようなんですね。たばこ臭とか汗とかは水溶性なので、水溶性と石油系のものを合わせた洗い方をしないと、本来のきれいなものには戻りにくい。こうしたクリーニングも地域の会社さんと組んでますし、メンテナンスも高い技術を持った地域のすごい会社さんをうまくネットワーキング化して、それぞれの強みをうまく掛け合わせて私たちのサービスのメ リットにしていこうと考えています。

田中:テーラーバンクさんのこれらサービスは岐阜でやられているんですか?

永井:そうですね。それと、ロジスティクスも変えようとしています。私たちのサービスには洋服の回収ルートと返却ルートが必要なんですね。この動脈と静脈をセットにして動かすことで、物流効率が上がることが明らかなので、今は東京までつないでいくロジスティクスを構築しているところです。

田中:地域でやることにこだわっていらっしゃるんですね。

永井:それが効率的だと思っていますので、そのメリットをつなぎ合わせることで、足し算じゃなくて掛け算にして差別化していきたいです。

田中:当面は、企業がターゲットということで。

テーラーバンク サービスの導入でできること

だれにも着やすい洋服にリノベーション。

永井:そうですね。私たちはビジネスでやっているので、いいことをやってますねで終わりたくない。最初はある程度の数量ベースのあるお客さまと、しっかりとアライアンスすることが重要だと思っています。2年が経ってそういったアライアンスがだいぶできてきたので、3年目からは少しお客さまを広げながら、将来的にはB to Cに向かいます。

田中:やっぱりそうなんですね。

永井:はい。助走をしていってるということです。

田中:社長がおっしゃるように、世の中にいいことやってますっていうのは当たり前で、ビジネスとしてしっかり利益を取っていかなきゃいけないので、そこはよく理解できます。

永井:ありがとうございます。

田中:Z世代といわれている若い世代の方と付き合っていると、特にファッションのサステナビリティについて関心がものすごく高いんですね。このテーラーバンクさんがやられようとしていることって、日本のなかに確実に浸透してきていますので、こうした若い方たちがムーブメントをつくっていくようになるのかなと思います。

永井:そうですね。点で始まったのがだんだん線でつながりつつあるなかで、まず、コンセプトが理解されることがあるんだってわかってきました。最初にこの全体のサービスモデルをつくって、ファッションブランドの社長さんに提案したところ、ああいいね、おもしろいねっていわれたので、いわゆるよくある営業トークで、まあまあ、いつのことになるのやらと思っていたら、2日後に連絡がきて。

田中:それは早かったですね。

永井:うちの担当に会わせるから、もう1回来てくれって。こういうサービスだよ、これからは。で、今ないサービスだよね?やるんなら一緒につくっていこうといわれました。単にビジネスの相手という形じゃなくて、こういうモデルを一緒につくっていこうと共感していただける方がいることが、私たちのモチベーションのベースになっているんですよ。

田中:一緒に汗をかいていこうと。

永井:私たちがやってることはとても広がりがあると考えています。洋服を単にサイズ直しするのではなく、だれにも着やすい洋服にカスタマイズしていると考えると、B to Cに自然につながっていく。この自然につながっていくという流れがたぶん大切で、B to Cのプラットフォームをつくってさあ受けますよっていうよりは、着実に力をつけながらB to Cにしていけたらと思います。

田中:ユニバーサルデザインとしての可能性もありますね

永井:ありがとうございます。


SDGsに取り組むことへの評価。

田中:本当にまだまだこの市場って開拓されてないというか、今、耕されている状況だと思いますので、先ほど社長がおっしゃったように、SDGsって大事なのはわかっているんだけど、具体的に何をしたらいいのかわからないようなところにアプローチをされていくと、取引先を大きく伸ばせるきっかけになりますよね

永井:そうですね。悩みどころは、テーラードの技術が必要でだれでもできるわけではないこと。そこで、日本のトップレベルの技術があるシニアの方を採用して、こうした技術を若い社員に教えていくスキームをつくってるところなんですよ。このままではそうした技術が継承しにくい産業構造になっていますので、企業が技術者を増やしていく仕組みが求められていると思います。

田中:高齢者の方や子育て世代などのディーセントワークにもつながっていきますね

永井:そうですね。

田中:ちゃんと課題を把握されていて、それを解決する準備をされていると。

永井:そうですね。すごく長いスパンで考えると、プロシューマーという考え方がありますね。モノづくりの会社は、特に、ファッション産業は、プロシューマーにどう応えていくか、そんな方向性になってくると考えています。テーラーバンクはその途上段階で、お客さまが要望されるサイズとかデザインに洋服をトランスフォームしているので、将来的には、お客さま自身が自分の感性で洋服を作っていける事業にしたいと思っています。

田中:きっと、ファッション産業のSDGsやサステナビリティに一石を投じますよ

永井:先日、『Circular Economy Hub』にも取り上げていただいたんですが、ドイツ、ベルリンだったかな、同じような事業モデルを実証実験しているニュースがあって。これはたぶん日本だけじゃなくて世界的なテーマとして、単純にエコロジー素材やリサイクル素材を使おうというものとは違うアプローチになるのではと思っています。

田中:岐阜は繊維のまちですので、新しい切り口のサービスモデルが出てきて、とてもうれしいです。

永井:新卒の採用活動で高校に行って、担当の先生とかに説明する時に、SDGsとして取り組んでいるというと、先生の反応がもう目がきらきらと輝いて、そうなんですか!みたいな話になって。具体的にこういうテーマに取り組んでいる会社って、すごく評価されているようになっている気がしますね。

田中:実際に、いい人材がそういったところに流れているのは、間違いのない事実です。

永井:そうですよね。東京でベンチャー企業におられる方が、パラレルワークで地方創生的な仕事に携わりたいと、デジタルが得意なので、 テーラーバンクでできることがあったらぜひジョインしたいみたいな。こういったコンセプトとかテーマに共感することで、普通これまでは一緒に仕事できていなかった方から連絡がもらえるんだと、これからがとても楽しみになってきました。

田中:これからは共感とか協働とかがキーワードになっていきますので、こうした想いを同じにする企業や個人と、上手にコラボレーションしていく会社が生き残っていくのだろうと思います。
今日は、どうもありがとうございました。

TOPIC

  • 12 つくる責任 つかう責任
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう
※このターゲットはRe:touch編集部の視点によるものです
スーツの包括的補正サービス
「WEAR RENOVATION」。
テーラーバンクでは、スーツを中心にした本格的な縫い直しによるサイズ変更をネットで発注できるWEBサイトを構築している。ジャケットやベスト、パンツの細部にわたる仕立て直しメニューのほか、リノベーションしたスーツの発送日を指定することも可能。縫製工場のテーラード技術やノウハウがあるからこそ実現できたサービスで、自分の体にしっかりとフィットさせられるだけでなく、感性とか個性とかを表現できるようになる。
当面はB to Bへの対応に絞っているが、サイズ直しにとどまらずメンテナンスやクリーニングなどのワンストップサービス化を進めており、B to Cへの展開も視野に入れている。このサービスモデルがめざしている、気に入った洋服を長く着てもらうというアプローチは、ファッション産業のSDGsやサステナビリティにも貢献するとして、岐阜県商工連合会のアフターコロナ助成金事業に採択。こうしたリノベーション実績をデータ分析することで、スタイリングの傾向をスーツのデザインに生かしてもらうコンサルテーションも行っている。

Company PROFILE

企業名(団体名) 株式会社テーラーバンク
代表者名 代表取締役 永井 正継
所在地 〒500-8267
岐阜県岐阜市茜部寺屋敷1-105

Re:touch Point!

古着にしないアプローチは、大きなインパクトになる。

Re:touch
エグゼクティブプロデューサー
田中 信康
ファッション産業の一大集積地ですら、テーラードの技術者が少なくなっている。こうしたアパレルメーカーが抱える課題に応えるだけでなく、サイズが合わなくなって廃棄されるスーツに救いの手を差し伸べるこのサービスモデルは、SDGsやサステナビリティに大きなインパクトを与える。まず、古着をリサイクルするのではなく、古着にしないというこれまでにないアプローチ。また、高齢者の方の高いテーラード技術を継承していくことは、地域産業の活性化やディーセントワークに貢献する。
永井さんが洋服のリノベーションをファッションブランドに提案した際、予想もしなかったレスポンスに驚いたとか。「このサービスモデルを一緒につくっていこう!」。テーラーバンクがめざすファッション産業の未来に共感してもらったことが、永井さんをはじめスタッフのモチベーションになっている。また、SDGsに取り組んでいることで、新卒の採用時に高く評価してもらい、デジタル系の人材から協力したいと連絡をもらった。こうした想いを同じくする企業や個人と協働できる会社が、SDGsやサステナビリティの表舞台に彗星のごとく登場してくるに違いない。